ウィルチェアファミリーチャンネル

当ブログにご訪問ありがとうございます! 【wheelchair family channel 】ウィルチェアファミリーチャンネルです。 車椅子ユーザーでも臆せずパパママになれる社会にむけての情報をメインに発信しております。当たり前ですが、車椅子ユーザーでも家庭を持って子育てができます。 少しの工夫をみんなで共有して大きな愛のある生活を手に入れませんか?

車椅子親家庭が諦めがちなこと

随分と寒くなってきましたが
皆様、いかがお過ごしですか?のりちゃんです。
お久しぶりです。

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先日、小学校から配られたお便りを眺めながら
「こういう時なんだよなぁ…」と思った、
車椅子親家庭が諦めがちなことについて
今日はお話しようかと思います。


子ども向けイベント

私の住む市では頻繁に様々なイベントが催されます。
子どもが好きそうなイベントも多く、
今回配られたお便りも子ども向けイベントです。
それも、息子の好きそうなもの。

連れて行ってやりたいなと詳細を見て
ため息をつきました。

【駐車場なし。駅からシャトルバス運行】

このパターンの多さよ…

連絡というハードルの高さ

事前に電話をかけて
「車椅子はバスに乗れるか?」
「車で行くことは認めてもらえるか」
という連絡と交渉をしなければなりません。

または私がひとりで連れていくか…。

連絡交渉くらいすればいいやん!
とお思いでしょうが、こんなことが日常茶飯事なのです。
何かをしようと思うと、行こうとすると、参加しようとすると
連絡と交渉の嵐。たらい回しの嵐。

そして私が行けない場合、
私が子どもを連れて行ってやりたいと思っても
旦那がそこまでして行かんでええよと言えば、
それで終わってしまうのです。

「ちょっとパパ、これ行きたいんやて。連れてってやってきてよ」
が、言えない。

連絡・交渉がある、それだけで
ハードルがグッと上がってしまいます。

嫁が連れて行ってやればええやん!
と思われますか?
まぁそうでしょう。

ですがパートナーも用事や体調等、様々な理由を抱えています。
常に「私が頑張らないとこの子は体験ができない!」と気を張るしんどさがついてまわります。

困難だろうと予想した瞬間、
「諦める」を選択することに慣れてしまっている車椅子ユーザーやその家族も多いのではないでしょうか。

排除は意図しないところにもある

“普通”や“当たり前”の枠からはみ出ていることで
子どもが不利益を被らない社会ならなと
時々考えます。

もしも「シャトルバスに乗れない場合はご連絡下さい」「シャトルバスに乗れない場合に限り駐車場〇台確保あり」と記載があれば
【参加する】を実現できる人もいるのです。

例えば小さい赤ちゃんを連れたママ
例えば足の悪いおじいちゃん
例えば車椅子に乗った親
例えばシャトルバスという閉鎖空間に耐えれない子ども

書き方ひとつ、事前の用意体制ひとつ、
主催者の意向が見えるか否かで、
ただそれだけの事で参加できるできないが
決まってしまう層がいるのです。

主催者とて、意識して排除しようと思ってなどいないでしょう。

ですが、こんなところにも
排除はあるのです。

日常の中に、当たり前に潜んでいます。

不利益を被るのは…

車椅子の親が排除された結果、不利益を被るのば誰でしょう?
不利益を被るのは子どもたちになってしまうのです。

親の付き添いが必要な、
山登りや公民館の製作イベント、屋外イベント、
他にも様々な場所で

私たち車椅子の親やそのパートナーは
「ここは段差があるの?エレベーターは?」
「これはどこまで親が手をかさなきゃいけない?」
「それは自分に出来るサポートなのかなぁ」
「子どもがトイレと言ったら付き添えるようなトイレ?」
「駐車場はある?駐車場はどんなタイプ?」
「会場の混雑具合は?」
様々な不安が頭を過ります。なぜなら子どもの“保護者”だからです。

想像してみてください。

たくさんの不安を抱え、断られるかもしれないのに
事前の電話連絡をするハードルの高さを。


だから障害者は親になっちゃいけないんだよ?

そんなことを言う人たちも居ますが
論点がズレています。

私たちはただ、ほかの親と同じように
保護者として子どもたちを楽しませたいだけです。
自分たちのハンディキャップが理由で子どもの経験や楽しみの機会を奪われたくないと考えているだけです。

社会には歩けない親、歩けなくなってしまう親、選択肢の狭い親もいるのだということを
想定して欲しい、または選択肢を提示して欲しいのです。

交渉能力の是非に左右されずとも
参加が叶う、そんな環境になって欲しいと切に願いながら
日々、育児に追われています。